彼岸から此岸をみる

 

生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、

死に死に死に死んで死の終わりに冥し

                                       空海(秘蔵宝鑰)

 

輪廻転生を繰り返す悪無限、生命が生命を食べる矛盾(業)というどうしようもない空海の死生観が垣間見られる。詰めて考えると絶望的になるところだが、そこは軽く、ヒトは暗いところから生まれて、また冥いところへ帰って行くと考えてみる。死は、誕生以前の元の場所に帰ることと思い至って随分、気分が楽になる。したがってこの世に生きていること自体が案外希有な体験をしているのだ、とも思えてくる。つまりこの宇宙は無機物の世界である。そこに生まれた生命は有機物である。死によって生命は無機物に戻っていく。

 

うららかな田園風景。暖かい風に草花が揺れている。私の前に小川があり、対岸に笑顔のお爺さんがいる。「もう、こっち来たらよろし」という。私は、ちょっとたじろいだが、「まだ、ちょっと」といって微笑みを返した。

 

数年前、急性心筋梗塞のため入院。その夜の集中治療室での夢である。今でも度々、お爺さんの笑顔が浮かんでくる。その頃から自分の死を想うようになった。

 

ここで川向こうにいたお爺さんの側から私を見ればどうだろうかと、ふと思う。

それは彼岸から此岸をみることになる。もしくは無機物世界から有機物世界を見ることでもある。さらに冥い世界から明るい世界を見ることにもつながる。おそらくお爺さんから見ると、こちらの世界はさぞ面白そうな明るい世界に見えるのではないか。

縁起を説いた仏陀の視点も、死の方から生を見ている。空論ではこの世で起こっていることは、すべてが関連づけられた幻想である。したがって彼岸のお爺さんからは、私が見ているような、うららかな田園風景もお互いを隔てる川も存在していないに違いない。しかしお互いの会話と仕草はつながっているのだ。

 

もしかすると、私が見えている田園風景や両者を隔てている川などはなく、それらはすべて幻影で、実は私とお爺さんは同一平面上にいるのかもしれない。とも思う。此岸と彼岸の差異は、はじめからなかったのかもしれない。もしそうならば、此岸と彼岸は重なり合っており行き来が自由なのかもしれない。

いずれにせよ、ヒトは死によって元に戻る。

 

「意識」が「無意識」のアプリケーションであるとすると、無意識は意識に様々な物語を描かせ、言葉によるデータ化をはかり、情報空間の外在化を計り、幻想次元を発展させているように思えてくる。つまり無意識のシステムはデータベース的であり、意識の担った目的の一つは、個々のデータをつなぎ合わせてクオリアも含めた私の物語をアプリケーションとして実現することなのかもしれない。クオリアは、いわば私の生の実感であり<私のリアリティの源泉>でもある。したがって、意識に課せられた目的は、あらゆる物語を生産していくことかもしれない。このことが、人類の文明をつくり出した原因ともいえるのではないだろうか。意識は無意識のデータ工房であったのだ。仄暗い無意識の幻想次元から浸み出したイメージが意識に立ち上り、幻想の物語化を即したのかもしれない。意識は、日々の日記的なエピソードから民族の伝説や神話まで生産し続けているのだ。もちろんヒトの生死の物語としては、天国や浄土などのパラダイス幻想、地獄や煉獄、黄泉の国などの他界幻想の数々を用意した。人類の文明化は、物語の創作と言語による外部化と、その共有化によるとことが大きい。

 

ここでは縦横高さに時間を加えた物理的4次元に、情報空間としての幻想次元を加えて5次元宇宙を考えてみる。まずこの仮説である5次元世界に、古代的な宇宙観を当てはめてみよう。古代の日本列島は、森の世界であった。人々は森羅万象に様々な精霊を見出し、それらと共に生きていた。ヒトは精霊をタマと呼んだ。ここでタマは、情報空間(幻想次元)上の特異情報であると仮定してみる。タマ(霊)に満たされた幻想次元から物理次元にやってきた特異情報体としてのタマたちは、ヒトや動物、樹木や岩石など物理次元のさまざまな身体に宿り、身体が寿命を迎えるとタマは生きた情報を携えて幻想次元に戻り、持ち帰った情報は、メタレベルで抽象度を変換させメタ情報としてマザーデータに蓄積させ幻想次元全体を進化させていく。このモデルは、輪廻転生であるとともに生死におけるタマの循環システムをかたちづくる。これはアイヌ古譚の熊祭から沖縄のニライカナイのアマミキオ神話まで祭や神話を同一平面上で語ることが可能となるだ。

 

さらに物理次元と幻想次元は、物理次元から見れば幻想次元で語られる彼岸は、どこか遠い時空で考えられがちだが、幻想次元には物理次元のような時空がない。あえて言えば物理次元としての脳内の無意識領域ということになる。しかし幻想次元にとっては個々の生命体は、個別のデバイスに過ぎないのだ。ヒトの無意識は、その脳内データベースに働きかけて、究極的にはタマたちの全ネットワーク(マザーデータ)にアクセスするのだ。

 

また、宇宙が進化するように幻想次元自体の進化が考えられないであろうか。生命体が蓄えた生命のデータをメタレベルに蓄え、加工するシステムがどこかに用意されていて、生命進化が宇宙の一つの目的になってれば面白い。例えば、幻想次元の構造が、無意識の中に存在していて、個別の経験情報が集積した情報体と、より抽象度の高い類的情報体を組織するとする。類的情報体は、生命圏全体でシェアされており生命体同士のトポロジカルな次元としての共有の場が情報エリアとしてのマザーデータであると考えられる。この事は、ヒトのDNAに対応している。ユングの集合的無意識の場でもある。さらにイギリスの物理学者ペンローズの提唱する量子脳仮説のように生命の情報場そのものが量子的場であるとするならば、不可思議な幻想次元が、一般的な物理次元を超えた世界であっても何ら不思議はない。人類史上すべての物理次元に存在したすべての死者たちのタマが、カミやモノの特異情報とともに量子的な無意識空間として存在しているとすればどうだろう。

 

著者は霊能者でもなく、特殊能力を有してもいないが、こういう視点で思考していると霊能者の気持ちが少しわかるような気がしてくる。まさに彼岸から此岸を眺めると霊界通信になっていくのだ。ここでタマになったつもりでタマの転移プロセスを想像してみたい。

 

「私は、誕生を経てこの世(此方〜物理次元)へやってきたタマである。彼岸(幻想次元の無意識空間)では、私は、多くのタマと一緒に存在していた。ある時、私はある力の流れに導かれてこの世にやってきたのだ。此岸の生命体という容れ物に宿ったのだ。私には、元々意志や想いはない。私自身が情報体そのものであるから記憶や意識などは必要ないのだ。しかし大いなる力が、自分を方向付けていることを感じている。私には、融合することと離脱することが唯一の力である。私はいま、ヒトに融合した。受胎である。この時から私にどこからか多量な情報がインプットされてくる」

 

「私はそれらを受け入れ続けて此岸に誕生した。此岸は大変素晴らしい。彼岸からやってきたタマたちがあらゆるものに宿り、いきいきと生命しているのだ。物質と光で満たされたこの世界、物質次元はタマたちの舞台である。ここは、すべてが美しい世界だ。此岸で生きるものたちが遭遇する困難にはすべて意味がある。困難を克服した情報は、最終的には生命体すべてにフィードバックされて進化が促されるのだから」

 

「私は、一緒に生きている家族や友人とともに物質の命を全うしているのだ。共に生きている者たちも私と同様タマが宿っているのである。身体に同一化している私=タマは、ヒトを生きている。此岸には、あらゆるものにタマが宿っている。森にも海にも、都市にも、そしてヒトが使う言葉にも。それ以外に、物質に宿っていないタマも多くいるのだ。この世では、物質に宿らないとタマは不安定である。したがって彼らはものや生きものに憑こうとしているのだ」

 

「離脱の時、死を迎えるとタマはもとの彼岸に戻ることになる。彼岸に戻ったタマは、多様な情報で満たされている。此岸での生活、成長した記憶はすべて抽象されて結晶のように輝きに変化している。彼岸=幻想次元のタマは、高さも幅も重さもない幻想情報体そのものである。

ただし物理世界での大切な記憶、例えば子供や孫など家族の記憶、愛しい気持ちも含めた膨大な記憶は、幻想次元では抽象化されタマの特徴として刻印されているのだ。したがって沖縄の伝統のように孫娘を守る女性のタマとして再び物理次元に移動することも可能なのだ」

 

幻想次元に存在する無限のタマたちの集合は、相互に作用し合いながらメタレベルの新たな集合を生み出し、情報は抽象度を増している。但し、この抽象化ヒエラルキーは、物理次元のような意味や価値づけはない。タマたちはここでは生きているのではなく、存在しているのだ。

タマたちは、もしかすると大いなる力のエージェントかもしれない。エージェントとして物理次元に派遣され、生きることで知恵を蓄え、彼方に戻りその獲得した情報を抽象化して蓄える。これにより幻想次元自体も進化していく。そういう合目的性を持つ壮大な宇宙情報システムなのかもしれない。」

 

宇宙は素粒子を中心に物理次元を構成し、タマ(特異情報体)の生命活動が、幻想次元で情報宇宙を形作っていく。タマの活動が、宇宙における人間存在の意味を創り出しているのである。

 

と、大変大袈裟な仮説試論となりました。お付き合いありがとうございました。

 

 

                                                                                                                             2017.7