言葉と無意識

夢を見た。部屋は全面がグレー、空気までもがグレーだった。まさに陰の部屋だ。そこには北斎らしい人物が龍の絵を描いている。その上の階は、眩しいほどの白い部屋だった。陰がない世界。数人の絵描きがそれぞれ龍を描いていた。北斎はグズグズ唸りながら上の階の絵描きたちが気に入らないらしい。北斎の下の階は、暗い部屋である。彼が筆を進めるにしたがって、下の階が、なぜかどんどん暗くなっていく。龍の絵が完成されると、下は漆黒の闇となってしまった。その闇は、2階にも渦巻きながら押し寄せ、ついに3階をも覆い尽くしてしまった。北斎の龍は、湧き立つ黒雲とともに天に昇っていったのだ。
言語学者丸山圭三郎は、現代の構造主義の先覚者ソシュールが見出した言語世界の構造に、仏教の縁起の思想を重ね合わせている。世界は関係(縁起)の網の目でできていて実体はない。という思想だ。ヒトの意識は言語であり、表層にはロゴス、深層にはパトス、更に最下層には、無秩序な無意識の領域が広がり、それら意識=言語世界は流動している。その流れの中の楽しみや苦しみ、悦楽や苦悩に本当の創造的な人生はあると説いている。表層のロゴスは、明るい影のない世界を出現させ、理性的、合理的、常識的、制度的共同幻想を形づくり、現代人を囚人化しているのだ。光輝く都市には、必ず陰に満たされた場所ができる。ヒトの人生にも光と陰がある。それが森羅万象の理である。その陰こそが、実は本来的なパトス的創造の時空なのだ。精霊たち(日本のタマ、カミ、モノノケ、オニ)もここに棲んでいる。ちなみに丸山は、ロゴスとパトスのことを、寅さんの映画「男はつらいよ」にちなんで、ロゴスは<頭>、パトスは<気持ち> と捉えている。
「頭じゃわかっているんだが、気持ちが俺をひょんな方向へ駆り立てていっちゃうのよ」
参考図書:「言葉と無意識」丸山敬一郎