アップルの創始者スティーブ・ジョブズ。末期ガンの宣告を受けていた彼はスタンフォード大学のスピーチで卒業生たちに投げかけた言葉は、
『私は死ぬのだ。この現実こそ、自分を《もしかしたら、何かを損するかもしれない》という幻から覚ましてくれる。私たちは最初から裸ではなかったのか。自分の心に忠実に生きない理由は一つもない』
「Stay hungry. Stay foolish!」
ジョブズの魂と禅の精神がよく似ているのは、けっして偶然ではない。ジョブズは乙川弘文(おとがわ こうぶん)老師という、アメリカで布教していた日本の禅僧に師事していた。欧米のフロントランナーが禅に傾倒しているということは、けっして珍しいことではない。ジョブスは禅を通して日本のエッセンスを捉えていた。禅の庭のような無駄を排した超シンプルなデザイン。陶器のような道具として洗練された暖かいカーブを持ったプロダクト。彼はよく家族とともに京都へ来ていたそうである。骨董を見る目は一流であった。おそらく彼は、前述した名人の域に達していたに相違ない。まだこの世にない新製品のリアルな姿が見えていたのだ。彼にとってIT業界の有象無象のマーケティング商品は、色=現象=雑念でしかなく、それらを滅した空の世界にiPhoneが点滅していたのかもしれない。